江戸城二十四時間(えどじょうにじゅうよじかん)将軍(しょうぐん)一日(いちにち)(6)

<< 将軍(しょうぐん)入浴(にゅうよく) >> 午後(ごご)政務(せいむ)をすませた将軍(しょうぐん)は、()ってみれば自由時間(じゆうじかん)(むか)える。謡曲(ようきょく)(なら)ったり能楽(のうがく)(たの)しんだり、(まい)笛鼓(ふえつづみ)書画(しょが)(なら)い、あるいは陶器(とうき)づくりに(はげ)んだ将軍(しょうぐん)もいた。
式日(しきび)には御三家(ごさんけ)三卿(さんきょう)、あるいは大名(だいみょう)登城(とじょう)するので、様々(さまざま)行事(ぎょうじ)(おこな)われた。そして夕刻(ゆうこく)になると、将軍(しょうぐん)小姓(こしょう)または奥女中(おくじょちゅう)をお(とも)入浴(にゅうよく)(おこな)った小姓(こしょう)奉仕(ほうし)したのは中奥(なかおく)将軍(しょうぐん)がいる場合(ばあい)で、(おく)では奥女中(おくじょちゅう)世話(せわ)をした。
湯殿(ゆどの)()がり()(はい)ると、脇差(わきざし)(とこ)()刀掛(かたなか)けにかけて、女中(じょちゅう)()ているものを()がせて、お()(だい)(うえ)にのせる。(おもて)では、小納戸役(おなんどやく)白木綿(しろもめん)筒袖襦袢(つつそでじゅばん)()て、白木綿(しろもめん)糠袋(ぬかぶくろ)(しち)八個用意(はちこようい)して(そば)(ひか)えている。
風呂(ふろ)湯殿(ゆどの)()()くことはなく、()(はこ)んだ()かし()で、それをたっぷり用意(ようい)した。将軍(しょうぐん)()から()がると、湯殿係(ゆどのがかり)糠袋(ぬかぶくろ)(からだ)(あら)った。(かお)()(あし)背中(せなか)別々(べつべつ)糠袋(ぬかぶくろ)使(つか)って(あら)い、(おな)じものは二度(にど)使(つか)わなかった(あら)()わると、()がり()(はい)り、用意(ようい)した(べつ)()八寸径(はちすんけい)(おけ)ですくって背中(せなか)からかけ、それが()わると将軍(しょうぐん)()がり()(うつ)った。そこに白木綿(しろもめん)浴衣(ゆかた)十枚(じゅうまい)ほど用意(ようい)してあった。浴後(よくご)(あたら)しい下帯(したおび)肌着(はだぎ)をつけるが、もちろん自分(じぶん)ですることはなく、お()きの(もの)がすべて世話(せわ)をした
入浴後(にゅうよくご)は、精進日(しょうじんび)()()のほかは大奥(おおおく)(はい)って夕食(ゆうしょく)()べた。夕食(ゆうしょく)は、一日(いちにち)のうちでも、(もっと)品数(しなかず)(そろ)っていて、晩酌(ばんしゃく)(たの)しむこともできた。御台所(みだいどころ)一緒(いっしょ)食事(しょくじ)をすることもあるが、(とき)には宴会(えんかい)(もよお)された。将軍(しょうぐん)臣下(しんか)食事(しょくじ)をするということはまずありえなかった
夕食後(ゆうしょくご)は、大奥(おおおく)であれば御台所(みだいどころ)女中(じょちゅう)相手(あいて)に、(おもて)であれば小姓(こしょう)などを相手(あいて)雑談(ざつだん)遊戯(ゆうぎ)をして時間(じかん)()ごした。そして十時(じゅうじ)就寝(しゅうしん)するのがふつうだった。八百万石(はっぴゃくまんごく)収入(しゅうにゅう)のある公方様(くぼうさま)であるが、その日常生活(にちじょうせいかつ)大奥(おおおく)()()められ、いわば幕閣(ばっかく)管理下(かんりか)()かれていたようなものだった。
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  1. Did Shogun take a bath by himself?
  2. What does 晩酌(ばんしゃく) mean?
  3. How did Shogun dry his body after bathing?
  4. Who usually ate dinner with Shogun?
  5. What did Shogun do after dinner?